サマーヒル
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Neill! Neill! Orange Peel!

ジョシュア ポッペンオーの弟 Ⅵ

 ジョシュア一家はアメリカ人で、父親は平和使節団の仕事をしていました。1963年から2年間、父親の仕事の関係でマレーシアへ行く事になりました。ジョシュアと弟は、かなり厳格なイギリス人学校へ入学しました。姉のジャニアは修道院の学校に入り、一番ひどい目に遭いました。ある日、彼女はサマーヒルの記事を読み、何が何でもサマーヒルに行こうと、固く心に誓いました。そしてニイルに手紙を書きました。
  ニイルから1964年2月5日付けの返事が届きました。
    
     親愛なるジャニアへ
本当に、何ということでしょう。私は修道院というものは、子供を深く愛したイエス・キリストの教えに従うものだとばかり思っていました。サマーヒルには、宗教は全くありません。でも、子供たちは一人残らずサマーヒルが大好きです。  こちらは今、定員がいっぱいですが、ひょっとしたら、5月になって新学期が始まる頃、ちょうどあなたと同じくらいの女の子のベッドが空くかもしれません。でも、マレーシアからイギリスまで長い道のりだから、きっとたくさんお金がかかるでししょう。ずっと歩いたり、泳いだりしてやって来るのなら別ですけれども。もう一度すぐに返事を下さい。ここに来たがっている人が多いのです。
では、さようなら
   
こうして、ジャニアはサマーヒルへ来ることになりました。弟たちへの手紙には、いつも決まって、サマーヒルがどんなに素敵な所かということしか書かれていませんでした。両親には、もしも弟たちをサマーヒルに寄こしてくれないなら、パパもママも一生許さないからと脅かしました。
そんな訳で、ジョシュアと弟もサマーヒルにやって来たのです。
ある土曜日のこと、ジョシュアが歩いていると、ニイルが自分の仕事部屋から顔を出して、「私に面会したいといっているアメリカ人夫妻がその辺にいるはずだけど探して来てくれないか。」と言いました。
ニイルの話では、小さな女の子がやって来て、「パパとママが私をこの学校に入れてくれるって言うの。とてもうれしいわ。」と言ったそうです。
でも、その学期は、新入生を受け入れる余裕は全くなかったので、夫妻が確かめもしないで子供に希望を持たせたことに、ニイルはとても腹を立てていました。
ニイルが深刻な顔をしていると、その小さな女の子が入ってきたのを見たとたん、ジョシュアはもう少しで吹き出しそうになりました。 その子はジョシュアの弟で、彼はドレスを着て、親指をしゃぶり、うつむいてかん高い哀れっぽい声でしゃべりました。頭にはスカーフをかぶって上手に胡麻化していました。とうとうそのうちニイルにも本当の事がバレて、ニイルは いつまでも大笑いしました。そして、その女の子を断らなくてもよくなったので、ほっとしていました。

サマーヒルでは、日曜日の夜、ニイルの演劇のクラスがあり、小さな子供も、大きな子供も、教師も即興に役を演じます。サマーヒルで起きた出来事を演じたり、見たりすることが、子供たちは大好きです。
学期半ばや、学期末には親たちもやって来るパーティが開かれますが、その時必ず、ホールや庭で披露されます。ですから、ジョシュアの弟がそのようないでたちで現れたとしても、それ程 突飛な事ではないのです。
ニイルにとって、それはそれは大きな喜びだったと思います。

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